~アルバム単位で聴く音楽~【The Nylon Curtain】Billy Joel (1982) アメリカの憂鬱にタブーなく斬り込む問題作

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【The Nylon Curtain】Billy Joel (1982) アメリカの憂鬱にタブーなく斬り込む問題作

【The Nylon Curtain】Billy Joel (1982) それまでの作風から一変、アメリカの憂鬱にタブーなく斬り込む問題作

ビリー・ジョエルらしからぬ、重い作品群

皆さん、いかがお過ごしですか? 輪太郎です。

2枚目の紹介となりますが、さて何にしようかナ、と考えたところ、やはり「アルバムコンセプトから選ぶべきかな」ということで、ビリー・ジョエルのナイロン・カーテンを紹介する事にしました。

このアルバムの背景です。

アメリカはこのころ落日で、特に産業の分野では日本やドイツ等のテクノロジー戦争に勝てず、不況にあえいでいました。
また、ベトナム戦争の後遺症は依然続いていました。

もう「強いアメリカ」という幻想は崩れかけていたのです。

本作品は、皆がアメリカに抱いていた幻想に斬り込む、アメリカのシンガーが告白する「アメリカの真の姿」です。

ビリーと言えばお洒落なニューヨーカーというイメージですが、彼のキャリアの中でも本作だけ「特別に」シリアスなのです。
でも恐らく、彼は黙っていられなかったのだと思います。

アルバムとしての「ナイロン・カーテン」

タイトルは、このアルバムを制作中にバイク事故で入院し、病室のカーテンから着想したとのことですが、どうしてもチャーチルの「アイロン・カーテン」を連想してしまいます。

私もバイク事故で長期入院した事がありますが、健康な人間ですら、入院生活は鬱屈したものです。
ビリーはもともと鬱病を患っていたので、このアルバムがシリアスで重いのは、それらの複合技かも知れません。

「ストレンジャー」「ニューヨーク52番街」「グラスハウス」と大ヒットを続けてきたビリーですが、この「ナイロンカーテン」に至っては、それらと比べるとセールスは伸びませんでしたし、またアルバムとしての評価も芳しくないものでした。

しかしビリー本人が「自分にとってのサージェントペッパー」と語るほど、その出来には大変満足していたようです。

確かに、A面4曲、B面5曲、計42分。
楽曲群のバランスもその配置も、完璧です。トータルアルバムのお手本とも言うべき力作です。

実際に政治的な内容を歌ったものは「アレンタウン」と「グットナイト・サイゴン」だけです。
ただ、その他の楽曲すべてに流れているのは、私の印象では「閉塞感」です。
どうにかしたいが、どうにもならない。
その鬱屈がアルバム全体を支配しているように思えてなりません。

音作りに関してですが、実は私は彼の事を「転調ビリー」と呼んでおりまして(笑)、やはりクラシックの素養があるためか、パターンに囚われない、自由で美しい転調の曲が多いと思っています。

そして本作は、「全曲に転調マジック」が働いています。

ピアノで弾いてもギターで弾いても、彼の楽曲は本当に良く出来ている、と唸らされます。
「アレンタウン」のような曲は、おそらくビリーにしか書けない類のものだと思います。

それでは、実聴!

【A面】

【The Nylon Curtain】Billy Joel (1982) アメリカの憂鬱にタブーなく斬り込む問題作

A面には、シングルカットされた名曲が揃っています。
(ローラはシングルB面。ややこしいですね)

ビリーは主張しません。現実をただ描写しているだけです。
勿論、歌詞を考えずに音作りだけを考えても素晴らしい出来なのですが、せっかくですから、今回はその内容を中心に考えていきます。

1. Allentown

斜陽の街の若者を的確に描写している、正にこのアルバムを代表する曲。

失業や社会不安について、イギリスの若者はパンクムーブメントで体制に唾を吐きました。
でもアレンタウンの若者は?

But I won’t be getting up today

立ち上がれないでいます。
生活は苦しくなっていっても、アレンタウンに住み、待っている。

アレンタウンは19世紀、アメリカ産業革命の中心地として、重工業が発展しました。
しかし繁栄は永遠に続くものではなく、今は衰退の一途。犯罪率も高い。

印象的なイントロとエンディングで、ビリーは機関や工場を連想させる効果音を上手く使い、アメリカの繁栄と衰退を上手く表現しています。

実は、私はビリーの曲の中でこの曲が一番好きです。

そういえば、先日亡くなられましたが、天才ジャズピアニストのキース・ジャレットさんもアレンタウンに住んでいたそうです。

2. Laura

複雑怪奇な男女のことを歌った曲。
ローラとの不思議な関係の閉塞感を歌った歌詞が、曲調とマッチしていて、重い。

さすが、「転調のビリー」といった曲構成。
アルバムの曲順を一旦解体してみたところで、並べ替えるとやはりこの曲は2曲目がベストだと思います。

それまでのビリーには無かった、一際目立つ楽曲です。実にゴージャス。
ちなみに、シングル「プレッシャー」のB面に収録されました。

3. Pressure

ビリー・ジョエルの音楽は、時代や流行を感じさせないものが多いと思います。
使われる楽器がソリッドであるというのも理由の一つかも知れません。

そんな中でも、唯一この曲は80年代を想起させる音になっています。
シンセサイザーの強力なリフが一因だと思います。
とにかく、アルバムの中では一際目立つイントロです。

ビリーは曲のセールスが前作を越えられないと鬱になったと言いますが、そうすると「ナイロンカーテン」の一連のシングル(アレンタウン、プレッシャー、グッドナイト・サイゴン)の結果にはかなり傷ついた可能性は高いと思います。特に自分の中ではかなりの自信作であったわけですから。

と言っても、ビリーだから成績不振のように言われますが、全米17位というのは普通のアーティストからしたら大ヒットと言ってもいいものですよね。

4. Goodnight Saigon

アメリカ史上最大の汚点である「ベトナム戦争」を取り上げた楽曲の中では、別格の存在感を持つ曲ではないでしょうか。

彼は政治家ではなくアーティストなので、ただただ戦争の犠牲になっていく、名も無き兵士たちを描写しています。
ジャングル、プレイボーイ、ドアーズ、ヘリコプターの音。。。正義とか過ちとかは語られていません。ただ、みんな一緒に死んでいく、ということを合唱するのです。

ジャングルを思わせる虫の声から始まり、ヘリコプターの音、そして静かに入ってくるピアノのレクイエム。とても印象的な始まりです。

エンディングはその逆で、ピアノがフェイドアウトしていき、ヘリコプターの音、そしてジャングルの静寂に戻っていきます。
これだけで、かなりの物語性を持っています。

重い。。重いけど、避けては通れない。
ビリーは政治的スタンスは取っておりませんが、ただ、若者がジャングルで死んでゆくのは間違っている、とだけ語っています。

そして、ベトナム戦争に関わった人や遺族にとって、ホーチミンは今でも「サイゴン」なのです。

【B面】

【The Nylon Curtain】Billy Joel (1982) アメリカの憂鬱にタブーなく斬り込む問題作

A面ほどの重さはありませんが、シリアスなテーマが続きます。
正直、何が言いたいのかあまり分からない部分もあるのですが(笑)。

サージェントペッパーは「飛びぬけた楽曲は無い」かわりに「統一感がある」トータルアルバムでした。
ビリーがこのアルバムをサージェントペッパーに例えたのは、そういう部分だったんでしょうか。

とにかく、このアルバムは「閉塞感」という部分で一貫しています。
それこそが、他のヒットアルバムを差し置いて、当ブログで最初に紹介させていただくことになった所以です。

1. She’s Right on Time

大物アーティストで活動期間が長いわりには、ビリーは作品を多く残しているわけではありません。
ただ多作でない分、一作品ずつの完成度が高く、濃いのが特徴です。

次作の「イノセントマン」は軽くポップですが、それ以降はまた作風がガラリと変わっています。
この曲は、「イノセントマン」以降のビリーのスタイルを示唆しているように思えてなりません。

2. A Room of Our Own

意外に思う人も多いかもしれませんが、20世紀最高のバラードと言われる「素顔のままで」は、グラミーこそ取ったものの、セールスは全米3位でした。

彼が初の全米1位を取ったのは、グラスハウスからシングルカットされた「It’s Still Rock and Roll to Me」で、バラードではなくロック調の曲です。

といった、実はお得意路線のこの曲。ライブでも披露される事があります。

3. Surprises

A面3曲目と共に、シンセサイザーが強調されたナンバー。
転調ビリーここに極まる、といった趣です。

もしかしたら、B面のハイライトとも言えるのでは。

歌詞は、閉塞感というよりは「冷めた視線」というのか、諦めの境地というのか、ちょっと投げやりでもある暗い内容。
ビートルズは曲調と歌詞のギャップが大きいものが多々ありますが、ビリーはおおよそ、曲調と歌詞の内容からかけ離れることは無いので、歌詞が分からなくてもその世界感は感じ取れます。

それにしても、不思議なコード進行です。
それでも奇抜感はなく、自然にルートに着地しているのですから、そこは作曲家としてのビリーの力量が光るところだと思います。

4. Scandinavian Skies

この曲が、一番サージェントペッパーの影響を感じさせます。
特に弦のアレンジですね。

ヨーロッパツアーの描写なんでしょうか、北欧での風景が歌われていますが、ちょっと俗っぽいところがこのアルバムに収められた意味なのかも知れません。

発売当時は、恥ずかしながらこの曲の良さが全く分からなかったのですが、あらためて聞き込むと、このアルバムの終盤を飾るに相応しい曲に思えます。

重い流れの終わりに、すこしカラフルな色調が持ち込まれているあたり、アルバム内での曲の配置が熟考されている印象です。

5. Where’s the Orchestra?

物語の終焉を、オーケストラが去った舞台に例えて、淡々と歌っています。
物語性と曲の味わいが絶妙で、この重いアルバムから解放してくれるような、この上ないエンディングテーマとなっています。

地味ですが、名曲です。

そうか~、トータルアルバムの名盤は、どれもエンディングが完璧なんですね。

そして私は、最後に「アレンタウン」の主題が使われているところが大好きです。
結局、なるようにしかならない。
舞台は終わったけど、生活はこれからも続いていくんだ、という、なにか小さい希望のようなものを感じます。

いや、実に素晴らしいエンディング。

聴き終えて、、、、

このアルバムをビリーのベストに挙げる人は多くないと思います。

人は皆、自分の体験や、作品に触れた時期などでの思い込みが強いものです。
私は、中学の時に初めて聴いた「ストレンジャー」はやはり衝撃でしたし、大好きな彼女からプレゼントされた「ニューヨーク52番街」も思い入れが強いです。

しかし時がた経ち、わりと冷静に作品を聴くようになると、感情よりもデータがいろいろな事を教えてくれます。

そうです。iTunes先生です。

iTunes先生に問い合わせたところ、ビリーの作品の中で最も再生回数の多いアルバムは、この「ナイロンカーテン」だったのです。

いろいろ意見はあると思いますが、私としては、アルバムの歴史を語る上で絶対に無視できない作品だと思っています。

それでは、また別の記事でお会いしましょう!


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